はじめまして。出雲ハナガツミの晶(あきら)です。

私は今、出雲の山あいの集落で、築110年の古民家に暮らしています。
目に映るもの全てが美しく感じられて、一日に何度も「幸せだ〜!」と叫んでいます。

晶(あきら)

ここに辿り着くまでには、ずいぶんと時間がかかりました。人生やり直すスイッチを何回押したことでしょう。

もうそのスイッチは押さないと思います。これからも様々な変化はあるだろうけれど、私は私のままでいたい、そう思えるようになったからです。

自分のことが大嫌いだった私が、どうしてこんなに自分を好きでいられるようになったのか。

膝を抱えて下を向いている、昔の私のような誰かの勇気になりたくて、初めてありのままを書いてみようと思いました。控えめに言っても、読んで楽しい内容ではなく、長文ですので、興味を持ってくださった方だけ、読み進めていただけたらと思います。

念のために付け加えますが、今の私は、過去のすべてが誇りであり、自分自身を心から愛おしく思っています。

「過去と他人は変えられないけど、未来と自分は変えられる。」と言われますが、「自分が変わり、未来が変わると、過去の見え方が変わり、他人との関係性が変わっていく。」ことを実体験として知りました。

過去の私

幼い頃に両親が離婚をして、父も母も再婚をし、私は母に引き取られました。
自分には居場所がないと感じ、孤独で、いつも泣いていました。
将来は幸せな結婚をして、家庭を持ち、普通に暮らすことを夢に見ることが唯一の光でした。

ピアノと水泳、漫画とアニメ、洋画が好きでした。中高一貫の良妻賢母を育てる窮屈でしかない女子校生活では、反骨精神がこぼれて先生に嫌われていました。

仮の家と女子校から脱出するために、頑張って勉強して有名私大に入学するも、勉強だけでなく、家庭や遊びも充実している(ように見えた)同級生たちに圧倒されて自信喪失。何もかも中途半端な学生時代を送ったことを、つい最近まで後悔していました。

当時は、苗字が幾度も変わったこと、家の中で起きていることを誰にも言えなくて、自分は汚れた人間だと思い込み、ますます孤独感を募らせていました。

それなのに、いつも笑顔でのほほんとした雰囲気を醸し出していたらしく、よく「幸せそうね」と言われ、否定はしないで、にっこり微笑んで答えにかえていました。

心を許して本音を話すと、見た目とのギャップに驚かれるので、だんだん自分のことを話さなくなり、こじれてねじれて、このままでは崩壊しそうでまずいという自覚だけはあって、焦ってばかりの日々でした。

就職したい企業が見つからず、1年就職浪人をした末に、東京都庁の職員になりました。勉強は苦手なのに、試験には強かったので、中央官庁からも内定をもらいました。
男女雇用機会均等法ができて4年目のことで、女性キャリアと期待もされ、調子に乗って必死で働きましたが、本当は、とても単純で、純粋で、世界の平和を心から願い、ただ普通に生きたかっただけでした。

なぜ就職先に迷ったかというと、一般企業が生み出す製品やサービスは、自然環境を壊すものだったり、不公平な貿易、格差の助長を招くものに見えていたからでした。それは行政も同じことだと分かりながら、少しは気持ちが楽になるような気がして公務員になったのです。便利な都会生活を送りながらこんなことを思うなんて、なんて勝手なんだろう、と罪悪感にも苦しみ、つい最近まで誰にも言えなかったことです。

都庁3年目の冬、阪神淡路大震災が起き、現地の避難所に保健師さんたちを派遣する担当になり、命の境を目の当たりにして、これからの生き方、働き方を考えさせられました。激務で心身ともに疲弊していたことも重なり、5年で退職をして、結婚をしました。

進学も、就職も、結婚も、その時いた場所から抜け出すために、人生やり直すスイッチを押しただけで、その後の人生をどう生きたいのかは恐ろしいほど考えず、自分を大切にすることを封印して、「頑張ります」が口癖でした。

30代は、個人事業で弁当惣菜店とECサイトを立ち上げました。
若さと行動力で、短期的には切り抜けるものの、そのツケは、年々蓄積していきました。30代後半には心も体もボロボロで、もう足が地面を踏んでいる感覚も無くなっていました。

シングルマザーになってからは、お父さんとお母さん、両方の役目を果たそうとしました。40歳で初めて会社員となりましたが、遅れを取り戻すために休日も仕事と勉強をして、6年間で年収は1.8倍になり、役職にも就きました。その間、乳がんを患いましたが、仕事のペースは落とさず、きつい抗がん剤治療とも両立しました。

40代も後半になってくると、勢いで乗り切ることに限界を覚えるようになり、崩壊しかけている自分を取り戻したい思いも芽生え、会社員を辞めてフリーランスに転向。キャリアカウンセラーと研修講師の仕事を少しずつ増やして、ようやく暮らせるようになったとき、コロナ禍で仕事が激減。慌てて知人を頼って就職しましたが、心労が重なり、乳がんが再発。

振り返ると、我ながら、本当に破茶滅茶な人生だったと思います。転職も引越しも、たくさんしました。ここにはどうしても書けないこともあります。

ただ、普通に生きたかっただけなのに。どうしてこんな風になっちゃったんだろう。何をやってるんだ!自分に呆れるばかりでした。

生まれ変わりの旅

2度目のがんは、私に命の選択を迫りました。本気で生まれ変わるか、このまま今世を終えるか。その結果、私は、最後の人生やり直すスイッチを押しました。

全ては、自分が選んだこと。人生の前半、私はハードで刺激的なアクティビティばかりを選んできました。でも、これからは、いつも心からの笑顔でいたい。小さな幸せに気づき、感謝できる自分でいたい。自分を愛し、人を愛せる自分になりたい。大満足の人生を生ききりたい。そのためには、もっと生きていたい。

苦しい人生も選べたのなら、幸せしかない人生も選べるはず。夢は未来の日常になる!

本気で生まれ変わると決めて、2年半が経とうとしていますが、確かに私は生まれ変わることができました。でも、別人になったということではなく、一度の人生の中で、2回目の人生を生き始めた、という感覚です。2回目の今は、間違いなく1回目があったからあるもの。1回目の人生を誇りに思い、心から感謝しています。

生まれ変わるために、こんなことをしました。
・食事の内容、食べ方を抜本的に変える。
・毎朝のヨガ、ウオーキングと運動の習慣化。
・自宅をパワースポットにする。
・いつも美しいものを目にし、美しい言葉を遣うことを心がける。
・お金の使い途の優先順位、ボリュームの修正。
・自然を近くに感じられ、体が喜ぶ場所への移住。
・心地よい人間関係を築くためのスキルアップ。
・新月の日の願いごと、満月の日の感謝。
・自分と向き合い、望まない執着を手放す。
・スケジュールを極力白くしておく。
・欲しい情報だけを頭に入れる。
・人を頼り、好意をありがたく受け取る。
・世界が平和であることを祈り、信じる。

本当にいろいろなことを試してみて、一番大切で、一番効果があったことは、どんな人生を生きたいかを決めたことだと思っています。時には自信を失いかけたこともありましたが、信じ続けて、自分を生き続けていたら、いつの間にか願いが叶っていきました。

過去の私は、どんな人生を生きたいのか、を考えないようにしていました。もっと言うと、考えてはいけないと思っていました。私には幸せを望む資格なんてない。現実を受け入れて、その中で、嬉しいこと、楽しいことを見つけていこう。どんな状況でも、生きていられることに感謝していよう。そう自分に言い聞かせて、納得しているフリをしていました。

それでも私は、一生懸命生きてきました。そして、あきらめませんでした。何をあきらめなかったのかというと、明日は今日よりきっと良くなる、という漠然とした希望だったのかなと思います。もしかしたら、苦しかったから、希望を持ち続けられたのかもしれません。お腹が空いたら食べものを探すように、苦しかったから楽になるための方法を探し続けたのかもしれません。

過去の私に、伝えてあげたいこと

今の私から、過去の私に、伝えてあげたいことがあります。

人は誰もが、幸せになるために生まれてきたんだよ。
あなたも、もちろん幸せになっていい。
幸せには形はなくて、感じるものだから、あなたにしか分からない。
あなたにとっての幸せがわかった瞬間、人生は輝き始めるよ。

人生はあなたが思ったとおりになる。
運命だと思い込んでいることは、いつでも変えられる。
願いはかならず叶う。
でも、願いが分からないと叶えることはできない。
心のふたを開けて、心の声を聴いて、本当に願っていることを言葉にして。
時間はかかるかもしれないけれど、必ず見つかるから。
あきらめないで。
大丈夫。あなたは絶対に、あなただけの幸せを見つける。

あなたはひとりぼっちではないよ。
すぐ近くに、あなたを助けたいと思ってくれている人たちがいます。
思いきって「助けて」と声を出してみて!

望んでいないことばかりが起きているように感じる時もあると思う。
でも、それは、あなたの願いを叶えるための大切なプロセス。
どんな意味があったのか、いつか分かる時が来るよ。

これからの私

これからの私は、ただ、私を生きていきたい。そう考えています。

そして、人間として生きているからこそできる「人との響き愛」を思う存分味わいたいと思っています。

今世の命の時間は、あとどれくらいあるのか、私たちは誰もそれを知りません。だからこそ、今、今、今この瞬間を大切に生きたいと思っています。

私は、できるだけスケジュールを白くするようにしています。やらなければならないことを極力減らして、その時ピン!ときた、ときめくことに時間を使いたいと思っているからです。

細かな計画、予定、目標は立てません。なぜなら、私が考えること、想像することより遥かに越えた未来が待っていることを知っているからです。日々を丁寧に生きながら、未来は天に委ねてみたら、奇跡のような幸せをいっぱい感じることができたからです。

私は、勉強が苦手で、なんでも自分でやってみて確かめないと分からない人のようです。だからここに至るまで、ずいぶん長い道のりがありました。でも、だから、実体験を積み重ねることができました。

私の実体験から、確信を持ってお伝えしたいことがあります。

私たちは、私たちのままで完璧。だから、自分の思う通りに進めばいい。
心の声を聴いて、自分に正直に生きると、何もかもうまく回り始める。
本当に願っていることは必ず叶う。夢は未来の日常になる。
大丈夫!どうせ何もかも上手くいく!

でも、本当に願っていること、はとても分かりづらいですよね。私自身、心にフタをして生きてきたから、自分の本当の気持ちがすっかり分からなくなっていました。現実の暮らしは、「こうでなくては、こうあるべき。」と、頭で考えていることが大きく膨らんで、心の声を聴こえづらくしてしまいがちだと思います。

出雲ハナガツミでは、この里山に宿る八百万の神さまたちの力を借りて、あなたに心の声を聴いていただきたいと思っています。自分を愛せるようにようやくなった私から、あなたへの愛の贈り物です。何に気づき、何を思うのか、すべては、あなただけの大切な体験です。私の願いは、あなたが大切なことに気づいたときの輝く姿を見られること。楽しみにお待ちしています♪

2023年4月2日 出雲ハナガツミ 晶